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2010年3月19日 (金)

一枚のはがき

一枚のはがきが届きました。退職をされた知らせです。

定年まで一年を残しての早めの卒業と書かれています。

ザ・メロディがこうして続けられているのも多くの人たちの支えがあってのことです。その中でも、忘れてはいけない仲間の一人からでした。

約30年前、輸入レコード専門店メロディハウス(ザ・メロディの前身)は心斎橋東清水町白水社ビルの奥で営業をしていました。

ある日、一人の若い男性が来店し名刺を出され「エピックソニーの者です」と挨拶されました。

それがディック・セント・ニクラウスとビル・ヒューズ2枚のアルバムを関西限定発売しょうという始まりでした。

当時のレコード業界において、この地域限定発売、まして洋楽の聞いたこともないアーティストのレコードをある地域だけで発売するなんて誰も考えませんでした。街の小さな輸入盤レコード屋でエライ売れているレコードがある、それを限定で発売しょうなんてアイデアは画期的でした。

1980年頃ウェストコースト、AOR、サーフロックの波がおき始めていたのは確かです。創設されたばかりのエピックソニー・レコードは何かおもろいことを仕掛けようという『ヤル気』に満ちていたのです。

この関西限定発売は大ヒットとなり、街の小さな輸入盤レコード屋の店長モリモトは3年間雑誌「ポパイ」で音楽コラムを執筆したり、その後多くの音楽番組を担当させて頂いたりと全国区になりました。

メロディハウスからザ・メロディになり、現在移転もし続けられているのは、この関西限定発売を仕掛けたレコード会社エピックソニーの一人の宣伝マンのおかげです。

届いたはがきは、その時のエピックソニー宣伝マン山本正実さんからでした。

「山本さん、お疲れ様。本当に楽しい時代を共に過ごしました。」

Melodyhouse4 真ん中ポーズが山本正実さん

(左)よく面倒見て頂いた音楽評論家の故白藤丈二さん

(中央)ディック・セント・ニクラウス

(右)モリモト

約30年前心斎橋メロディハウスにて

ディック・セント・ニクラウス関西限定発売のエピソードは元ソニーミュージック・ダイレクト社長/野中規雄氏のブログ(2006年11月21日付け)で書かれています。http://playlog.jp/rirekisho/blog/archive/200611

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