訃報「寂しいなぁ~、てっちゃん。」
メールが入る。
「てっちゃんが亡くなりました」と。
加賀哲哉との初めての出会いは1970年代の末だったと思う(古い付き合いやなぁ)。心斎橋/清水町・白水社ビルの奥でメロディハウス時代です。
「ロスから、今帰ってきてん。元気?」が挨拶でした。いつも、どこか危ない雰囲気と人なつっこい笑顔の微妙なバランスで「なんかレコード頂戴や~」(おねだりです)。
現在のザ・メロディになっても変わらず「なんかCD頂戴や~」と現れました。この数年は、夏前になると必ず現れてアロハシャツを買ってくれました。永遠のロック・ミュージシャンのアロハの着こなしは、見事でした、100点満点でした。格好エエンです。ベスト・ドレッサーや。
加賀哲哉は1965年地元大阪のバンド加藤ヒロシとリンド&リンダーズのリード・ヴォーカルとしてデビュー。テレビ・ラジオなどで大活躍、アイドルでした。後輩のジュリーよりも数段格好よく、人気絶頂でした。
最近は体調も悪く、あまりいい状態ではなかったのですが、ステージに立ちギターを弾く姿はビッシーと決めてました。白の大き目のワイシャツ襟を立てて、とんがりブーツで背筋もピーンとしてました。さすが、永遠のロック・ヴォーカリストや。
最後に遭ったのは今年の7月。トリイホールでの下田逸郎と桑名正博のライヴを無理やり誘いました。開演間際にアロハ姿で現れましたが、ちょっとしんどそうでした。難波から千日前まで歩くのがやっと、と言います。「肺がよくなく呼吸するのがしんどいんや」と言いました。僕の前の席に座ってもらいました。永遠のロック・ヴォーカリストの背中は下田逸郎の横揺れと、桑名正博の力強く唄う「月のあかり」を楽しんでましたわ。打ち上げにも来てもらい、深夜まで飲みましたが「もう、しんどいので帰るわ」と、静かにエレベーターに乗って行きました。
お正月2日にお通夜、3日10時から葬儀。京都/岡崎、金戒光明寺蓮池院で行われます。
てっちゃん、来年もアロハ買って貰おうと思ってたのに・・・寂しいわ。




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